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myatsumoto blog

マツモティウスです

GREE,DeNAへの謎の義憤について

ソーシャルゲーム界隈は糞というネットの認識があり
それは「情弱を騙して金を稼いでる」から、という感じ

「低学歴の人はやらない」という例のデマが流行るほど
「情弱を騙して商売する糞企業」という認識は強い

「情弱を騙して商売している」という批判は興味深い
なぜなら

そんなゲームに金を使う層より「自分の身分が上である」
という意識があり
なおかつ「その層を身分が上の自分たちが守る必要がある」
という意識もあることを意味するからだ

この言葉が批難である以上、義憤が少なからず存在する。
この差別と優しさ(?)の混じった身分意識を多数の人が持っているのは興味深い

これが社会的なタブーと紙一重であるために公の場などでは批難出来ず
モヤモヤとした感情を抱かせるのだと思われる。


これを解決する手段を2つ考えた

1.現状の階級社会を使う
現段階で公に差別できる階級は金以外に存在していない。
いいものはお金がないと買えず、税金は金持ちから多くとって貧乏人がもらえる
どちらも階級的な差別である。

貧乏人からしか金を取ってないことを証明すれば
金銭的弱者への冨の分配を妨げる社会的に非効率な企業である
としてビジネスモデルを叩ける

2.新しい階級をつくる
多数の人が差別と救済という清濁併せ呑んだ階級意識をもっているならば
新たな価値観の階級をつくることも可能である。

そもそも資本的階級しか公に認められていないことが、いまの状況を作っているとも言える

なぜなら、現段階で偉くなりたければ
公に認められている資本の階級を高めるのがもっとも正攻法である
そうなれば、頭のいい人間はそれを目指す。

階級的に偉くなる道はそこしかないから幾ら金を稼いでも、また金を稼ぐしかない
資本でしか公に評価されない所為で頭のいい人間がひたすら金を稼ぐように出来ている

別の評価軸も用意してやれば、そっちの道でも頑張ろうという優秀な人が出てきて
リソースやモチベーションが分散される。
もちろん、そういう評価軸が無いとは言わないが、皆欲しがるようなものが出来ていない

ゆるやかで且つ皆が窮乏するような階級を作れれば、行き過ぎた格差も少しは歯止めがかかりそうなものである
これが評価経済というやつか?